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1月2日、3日に行われた第93回東京箱根間往復大学駅伝競走にて、丸山竜也(商4・専大松戸高)が関東学生連合として2年連続出場した。
今大会ではチームの主将を務め、各大学の有力選手が集まる1区(大手町~鶴見、21.3km)を任された。
(撮影=飛田翼・文2)
スローペースだった集団は約5kmの地点で分かれ、丸山は第2集団にしっかりとついていく。しかし、次第に遅れ始めた丸山は8km付近で脚を気にし始めた。それでも集団に追いつき懸命に走るが、集団との差がひらきはじめ国士舘大学と共に前を追う展開となった。すると、丸山は顔を歪め脚を気にする仕草が目立つようになり、20km手前で最後尾を走っていた山梨学院大学にも抜かされてしまう。丸山は最後まで諦めず歯を食いしばり腕を大きく振りながら鶴見中継所を目指すも、順位が変わることはなく21番目に襷を繋ぐ結果となった。タイムは1:08:01。なお、関東学生連合は順位、個人タイム共に参考記録となる。
丸山のコメント
―――レースを振り返って
何もできなかったというのが、率直な感想。4年間のラストだったので、レース前は悔いのない走り、いつものペースを心がけた。レース前半はスローペースでいけると思ったが脚の痛みなどごまかしきれない部分があり調子が出なかった。1区は流れを作る区間。その役目を自分が担いたくて自ら希望した。前回走った2区と比較して1区も自分にとって走りやすい区間だと思っていた。だが、違和感があった脚の腫れが15km前から脚の痛みに変わり自分の走りが出来なかった。八王子ロングディスタンスなど様々な記録会が続き疲労を上手く取れなかったのが、今日の痛みに繋がってしまった。
―――走り終わった後かけてもらった言葉
今年度のキャプテンである小澤(勇斗、商4・相洋高)と同じく4年の渡辺(瑠偉、経済4・成田高)に「4年間お疲れ様」と言われた。監督やスタッフの方にも同じような言葉を頂いたが、結果が結果であったため厳しい意見も頂いた。専大を代表して走らせてもらったのにこのような結果になってしまい、応援して下さった方やチームメイトには本当に申し訳ない。自分の調整力や力の無さを改めて知った。
―――4年間を振り返って
高校時代は実績もタイムも持っていなかった。そんな自分の面倒を見てくださった(前任の)伊藤監督をはじめスタッフの方々、学校関係者の皆様に感謝と共に恩は結果で返そうという気持ちを持って4年間やってきた。地道に力をつけ3、4年次には大幅に自己ベストを更新し、力を生かせる機会が増えた。このように自分が成長することができたのはチームメイトや周りで支えてくれた人々の存在が大部分を占めている。自分は1人で強くなったわけではない、1人で強くなることはできないということを改めて知った。本当に支えてくれた人々に感謝している。また、陸上以外においても様々な経験を通して大きな刺激を受け充実した日々を過ごすことができた4年間だった。
―――4年生、後輩たちへ
4年生のみんなは自分が最後の箱根駅伝を走るまでチームに残ってサポートをしてくれたこと、後輩たちは一緒に練習に取り組み、チームの雰囲気作りや調整を手伝ってくれたことに対し本当に感謝の気持ちで一杯だ。しかし、恩を結果で返すことがでなかった。学校の代表として走らせて頂いたのに申し訳ない。
4年生は4年間を通して競技をしてきた仲間であり、彼らと共に過ごした時間は自分の一生の財産である。
後輩たちは最近かなり力がついてきている。だから、周りに流されることなく自分の軸となる考えをしっかりと持って競技に取り組んでいけば自ずと納得のいく走り、結果がでてくるのではないかと思う。来年、再来年とチームとして箱根駅伝に出場できる事を心から願っている。
―――これからの目標
はじめは漠然として明確な目標を持つことなく入部してきた。しかし、今では日本代表になり世界で戦える選手になりたいという目標を持つことができた。まだ夢と思われるかもしれないが、決して諦めることなく挑戦してきたい。
(撮影=冨樫幸恵・文2)
2014年、箱根駅伝第90回大会。この時丸山は1年生ながら16人のメンバーに入るもエントリーはされなかった。その後、専修大学が箱根駅伝に出場することはなかった。しかし、丸山が学連選抜として2度の出場を果たすことができたのはひたむきに陸上と向き合い努力を続けてきた結果である。そんな丸山が八王子ロングディスタンスの10000mで出した28’32”03は、専大記録として後輩たちにさらなる刺激を与え続ける。走りでチームを引っ張る姿は、まさに専大が誇るエースだった。
丸山は大学卒業後、福岡県にある黒崎播磨という実業団で競技を続ける。毎年元旦のニューイヤー駅伝にも出場する伝統のあるチームである。丸山の目指す次の目標は「世界」。今後も丸山の活躍から目が離せない。
(文=石崎愛奈・法2)